大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和24年(行)15号 判決

原告

武石商事株式会社

被告(一)

福岡市三宅地区農地委員会

同(二)

福岡県農地委員会

同(三)

福岡県知事

主文

原告の被告福岡市三宅地区農地委員会に対する訴を却下する。

原告の被告福岡県農地委員会に対する請求を却下する。

原告の被告福岡県知事に対する請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

請求の趣旨

(一)被告福岡市三宅地区農地委員会が(イ)福岡市三宅字天神前六百三十一番地の一田一反五畝一歩につき昭和二十三年一月三十日(ロ)同所六百三十一番地の三畑十一歩につき同年五月三十一日各なした買収計画はいずれもこれを取消す。(二)被告福岡県農地委員会が(イ)の買収計画につき昭和二十三年三月二日(ロ)の買収計画につき同年七月二日各為した承認はいずれもこれを取消す。(三)被告福岡県知事が(イ)(ロ)の土地につき昭和二十三年九月買収令書の交付を以てなした買収処分はこれを取消す。(四)訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人はその請求の原因として

請求の趣旨記載の本件(イ)(ロ)の土地は、いずれも原告の所有であるところ、被告福岡市三宅地区農地委員会は(イ)(ロ)の土地が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に所謂不在地主の所有する小作地に該当すると共に、同条第五項第四号の法人その他の団体の所有する小作地にも該当するものとし、その買収を相当と認めて(イ)の土地につき昭和二十三年一月三十日(ロ)の土地につき同年五月三十一日それぞれ買収計画をたて被告福岡県農地委員会は(イ)の土地につき同年三月二日(ロ)の土地につき同年七月二日いずれもその買収計画を承認し被告福岡県知事は昭和二十三年九月前記(イ)(ロ)の土地につき買収令書の交付による買収処分を為した。然しながら(一)本件(イ)(ロ)の土地は所謂農地ではなく宅地である。尤も現在は近隣の者が耕作してゐるがこれは何等正当の権限にもとずくものではなく、従つて是等の者が無権原に耕作してゐるからといつて元来宅地であるものが農地に一変することはない。(二)仮りに農地であるとしても近く土地使用目的を変更することを相当とする農地として当然指定せらるべき状況にある土地であるから買収からは除外するのが正当である。(三)仮りに(二)の主張にして理由がないとしても本件土地は前記の通りいずれも小作地に該当するものではない。(四)仮りに小作地であるとしても本件土地は原告が原告の三宅支店業務執行のために特に所有してゐるものであるから、その土地所有者の住所は右支店所在地を標準とすべく、本店所在地を標準として決定すべきものではない。そして三宅支店は本件の土地所在である福岡市三宅にあるから、本件土地は結局不在地主の所有する小作地には該当しないのである。従つて本件の買収計画は違法であり引いてはその承認及び買収処分も亦違法たるを免れないから、茲に原告は右違法なる買収計画、承認及び買収処分の取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し被告等の答弁に対し原告が本件の買収計画に対し、その縦覽期間内に異議申立をしなかつたことは認める。然しながら原告が異議申立を為さず本訴に及んだのは被告福岡市三宅地区農地委員会が前記日時本件の買収計画をたてながら、その縦覽期間内に到達する如く原告に通知をしなかつたからである。即ち該通知は昭和二十三年六月十四日に至つて漸く原告の手許に到達したけれども、時既に遅く縦覽期間を経過した後であつた為遂に異議申立の機会がなかつたのである以上の如く、原告が異議申立を為さず本訴に及んだのは原告の責に帰すべからざる事由に因るものであるから行政事件訴訟特例法第二条但書の規定に従つて異議の申立をしないでも訴を提起することができるものと謂わねばならないと述べた。(立証省略)

被告福岡市三宅地区農地委員会代表者、被告福岡県農地委員会及び被告福岡県知事訴訟代理人はいずれも原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告の請求原因事実中、原告主張の本件(イ)(ロ)の土地がいずれも原告の所有であること、被告福岡市三宅地区農地委員会が(イ)(ロ)の土地を不在地主の所有する小作地に該当すると共に法人その他の団体の所有する小作地にも該当するものとし、その買収を相当と認めて原告主張の日時その主張の如く買収計画をたてたこと、被告福岡県農地委員会が原告主張の日時、その主張の如く買収計画の承認を為したこと被告福岡県知事が原告主張の日時その主張の如く買収令書の交付による買収処分をしたことは、いずれもこれを認めるが、その余の原告主張事実はこれを否認する。而して違法なる買収計画の取消変更を求める訴を提起するためには、先ずその前提要件として、当該買収計画をたてた市町村農地委員会に対する異議申立を為し、その決定を経た後でなければならぬこと、自作農創設特別措置法第七条行政事件訴訟特例法第二条の規定に徴し明であるところ、本訴は斯る異議申立に関する手続を履践することはなく提起せられたものであるから既にこの点において不適法たるを免れない。即ち原告は、被告福岡市三宅地区農地委員会が本件買収計画を定めるや、直にその旨を公告し、(イ)の土地については昭和二十三年二月一日から十日間(ロ)の土地については同年五月三十一日から十日間、いずれも所定の書類を利害関係人の縦覽に供し、なお原告宛には、好意的に一月三十日及び五月三十一日それぞれ、その旨の通知を為したにも拘らず、その縦覽期間内に何等異議申立を為さず、直に本訴に及んだものである。斯樣に本訴は訴訟要件を欠く不適法のものたること明かなるのみならずその出訴期間の経過した今日、本件の買収計画自体最早争ひ得ないものとなつた訳であるから従つて、その基礎の上に為された本件の承認及び買収処分も亦争い得ないものと謂わざるを得ない。仮りに以上の主張にして理由がないとしても(一)本件(イ)(ロ)の土地はいずれも宅地ではなくして現況農地である(二)而も原告主張の如く近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地として指定せられた事実はない。(三)而して本件(イ)の土地は不老勝次郞外四、五名の者が(ロ)の土地は矢野淸見がそれぞれ原告から借受けて耕作している小作地であつて、法人その他の団体の所有する小作地に該当することは明である。(四)又会社の住所がその本店所在地にあることは商法第五十四条の規定に徴し明であるところ、原告の本店は二日市町農地委員会の区域内にあつて本件土地はいずれも被告福岡市三宅地区農地委員会の区域内に存するのであるから、本件(イ)(ロ)の土地が所謂不在地主の所有する小作地にも該当すること勿論である。以上の如く本件の買収計画は毫も違法の廉はなく従つてその基礎の上に為された承認及び買収処分も亦適法であると謂わざるを得ない。よつて原告の本訴請求はいずれも失当であると陳述した。(立証省略)

理由

職権を以て先ず、原告の被告福岡市三宅地廷農地委員会に対する訴の適否につき調べるに、買収計画の取消変更を求める訴を提起するためには、その前提要件として、当該農地委員会に対し、縦覽期間内に異議の申立を為し、その決定を経たのちでなければならぬこと、自作農創設特別措置法第七条、行政事件訴訟特例法第二条の規定に徴し明であり、縦覽期間内に異議申立を為さないときは爾後異議申立を為すことができず、従つて訴の提起も亦許されないものと解すべきところ、本訴が斯る異議申立の手続を経ることなく、提起せられたものであることは原告の認めるところであるから、本訴は訴訟要件を欠く不適法のものたるを免れない。原告はこの点について、原告が右の異議申立をしなかつたのは、本件の買収計画をたてた被告福岡市三宅地区農地委員会において縦覽期間内に到達する如くその旨の通知を為さなかつたからであり、右は同委員会の責任である旨主張するが、市町村農地委員会が買収計画をたてた場合に利害関係人に対し通知を為すことは必ずしも当該農地委員会の義務ではなく、農地委員会としては、買収計画を定めた旨を遅滞なく公告し、且所定の書類を利害関係人の縦覽に供する手続を為せば足るものであるから被告福岡市三宅地区農地委員会が本件買収計画につき斯る公告手続を為した以上、反証なき本件においては、原告においてこれを知つたものと認むべく、仮りに原告がその主張する如く、通知遅延の故を以て異議申立を為し得なかつたとしても、原告の責に帰すべからざる事由によるものというを得ないから、他に特段の事情のない限りこれを目して、正当の事由により異議申立を為し得なかつた場合に、該当するものとは認め難いので原告の前記主張は理由がなく本訴は却下を免れない。

次に原告の被告福岡県農地委員会に対する請求につき考えるに、行政処分というのは、行政庁から公共団体又は国民に対して行う公法上の法律行為又はこれに準ずるものであつて、是等の者の権利義務に公法上の法律効果を及ぼすものを謂うものと解すべきところ、自作農創設特別措置法第八条の承認というのは、単に行政庁の内部間において、一の行政庁から他の行政庁に対して為される意思表示に過ぎず、買収計画の樹立とは異なつて外部に表示せられることがなく、又これによつて、直接に、土地所有者その他の利害関係人に具体的に何等の法律効果おも及ぼすものではないから、取消訴訟の対象たる所謂行政処分には該当しないと解するのが相当である。よつて原告の本訴請求は既にこの点において理由なく却下せらるべきものである。

最後に原告の被告福岡県知事に対する請求について考えるに、被告福岡市三宅地区農地委員会が原告の所有に係る請求の趣旨記載の(イ)(ロ)の土地を不在地主の所有する小作地に該当すると共に、法人その他の団体の所有する小作地にも該当するものとし、その買収を相当と認めて、原告主張の日時、その主張の如く買収計画をたて、被告福岡県農地委員会において原告主張の日時、その主張の如く承認を為し、被告福岡県知事が原告主張の日時、その主張の如く買収令書の交付による買収の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争がない。而して被告福岡県知事は本件買収計画が既に確定し、争い得ないことになつた以上、その違法性を理由として、本件の買収処分の取消を求めることは許されない旨主張するけれども、買収計画が、異議の申立がない為、又は出訴期間を徒過した等の理由により、争い得なくなつたといふことは、爾後買収計画自体としてはその取消を許さないという効果を生じたに止まり、これによつて、本来違法な買収計画が適法になる訳でもなく、又当該農地が買収適格地であるといふことに確定する訳でもない。そして農地の買収は、買収計画の樹立、承認、買収令書の交付による買収の意思表示なる一連の連続的行為によつて完成せられる不可分の手続的行為であるから、たとえ買収計画自体争い得なくなつたとしても、それに内在する実質的な違法性は当然に買収処分に受け継がれ買収処分そのものを実質的に違法ならしめるものと解するのが相当である。よつて、右被告の主張は採用しない。

そこで先ず本件土地が宅地であるか、農地であるか、農地とすれば小作地であるかについて按ずるに、所謂農地というのは、耕作の目的に供される土地を謂い、ある土地を耕作の目的に供されるものと認めるためには、少なくとも、その土地が既耕地でなければならぬと解すべきであるが、必ずしも現実に耕作の目的に供されている必要はなく、客観的にみて、正常な状態ならば耕作されている筈であり、耕作しようとすれば、何時にても耕作のできる状態にある土地はこれを農地と認むるを相当とすべきところ、証人高田梅雄、不老勝次郞、矢野淸美、長谷川且三郞の各証言及び検証の結果を総合すると、本件の土地は従来から耕作の目的に供せられていた農地であり原告の前所有者の時代には他の小作に付されていたものであるが、原告の所有となつてからは、現実には耕作されることなく現在に至つたもので耕作しようとすれば真に耕作し得る客観的状態にあることを認めることができるから本件土地はこれを農地と認定するを相当とする。尤も前顕各証拠によると、本件(イ)の土地が不老勝次郞外四、五名の者により、(ロ)の土地が矢野淸見により耕作されている事実はこれを認めることができるのであるが、右の耕作が正当の権限にもとずくものであるという点に至つてはこれを認めるに足る的確なる証拠がなく、却つて前顕各証拠を総合すれば、近隣の者が今次の戦争中における食糧事情緩和のために、原告に無断で何時とはなしに耕作を始めたものであることを認めることができるので、若し本件土地がその歴史的事実や客観的な状況に徴し宅地等としての要件を備えているならば、斯樣に無権原の者が耕作しているからといつて農地と認むべきでないこと、原告の主張する通りであるけれども、本件土地が客観的に農地の要件を備へるものであること前説明の通りであるから、本件の土地は矢張り農地であると認めるのが相当である。原告は本件土地は近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地として当然指定せらるべき状況にあるものであるから買収から除外せらるべき旨主張するけれども、たとえ本件土地が原告主張の如き指定を受くべき状況にあるとしても、いやしくも自作農創設特別措置法第五条第五号の規定する指定行為がない以上は、これを買収不適格地と認めて、当該買収計画を取消すことは許されないものと解すべきのみならず、前顕各証拠によると、本件の農地は却つて斯樣な指定を受くべき客観的な状況には非ざることを認めることができるので、右原告の主張は理由がない。然しながら被告福岡市三宅地区農地委員会が本件土地を自作農創設特別措置法第三条第一項第一号の不在地主の所有する小作地に該当すると共に、同法第三条第五項第四号の法人その他団体の所有する小作地にも該当するものとし、その買収を相当と認めて、本件の買収計画を樹立したこと冒頭説示の通りであり、本件土地が所謂小作地ではなくて同法第三条第五項第五号の所謂不耕作地に該当すること前説明によつて明であるから、一見本件買収計画は違法たるの観がある。然し、いずれの理由によつて買収計画を定めたかということを特定することは必ずしも買収計画の要素を為すものとは認め難いから、一の理由によつて定められた買収計画が、その理由によれば違法であるけれども、他の理由によれば適法とせられる場合において両者の間に処分の同一性が認められる限り、結局その買収計画を適法と認めるに妨げなきものと解すべく、本件の買収計画は前記の如き小作地の買収計画としては違法であるけれども同法第三条第五項第五号の不耕作地の買収計画としては適法であつて、而も、右買収計画と前記第三条第五項第四号の小作地の買収計画とはその計画の同一性において欠くるところがないのであるから、本件の買収計画が同法第三条第五項第四号によつて定められたとしても、当該土地が同項の第五号に客観的に該当する限りは結局適法なる買収計画なりと謂うべきである。

以上の如く本件の買収計画はこれを適法と認めるのが相当であるからその基礎の上に為された被告福岡県知事の処分も亦適法と解すべきであつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを失当として棄却すべきである。

よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(野田 丹生 入江)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例